## 大崎氏(おおさきし)ってどんな人たち?
大崎氏は、むかしむかしの宮城県(とくに今の大崎市があるあたり)を治めていた「大ボス」の武将グループです。
### 1. はじまりは「東北地方のスーパー学級委員長」
室町時代(足利将軍が一番えらかった時代)、大崎氏は将軍さまから「東北地方のまとめ役をよろしく!」と頼まれました。この特別なリーダーの役目を「奥州探題(おうしゅうたんだい)」と呼びます。
つまり、大崎氏は将軍さまから直接選ばれた、めちゃくちゃエリートでえらい存在だったんです。
### 2. 強力なライバルたちの登場
でも、戦国時代になると、まわりに強くて元気な武将がたくさん現れます。とくに有名なのが、お隣の伊達政宗(だて まさむね)です。
大崎氏も負けじとがんばりましたが、少しずつ力が弱くなっていき、伊達政宗たちとケンカしたり、助け合ったりしながら自分たちの土地を一生懸命守っていました。
### 3. 豊臣秀吉に怒られてしまった最後
日本中をまとめようとしていた一番の権力者・豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)が、「俺の味方になるなら挨拶にこい!」と命令しました。しかし、大崎氏は色々あって遅刻してしまいます。
これが原因で、秀吉から「遅刻するようなやつはもうリーダー失格!」と怒られてしまい、大崎氏は領地を取り上げられて(会社でいうと倒産して)しまいました。
**一言でまとめると:**
大崎氏は、「むかしは将軍に認められた超エリートのリーダーだったけど、戦国時代の激しいバトルの中で最後は歴史から姿を消してしまった、誇り高き武将たち」です。
今の大崎市の名前の由来にもなっている、宮城県の歴史にとって欠かせない大切な主人公なんですよ。
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