伊達領での生活は困窮を極めた。
日々の命を繋ぐための路銀すら底を突き、
中目は宮崎城から命がけで持ち出した大崎家重代の、
先祖代々の誇りである「家宝」を風呂敷に包み、
町の商人たちへ売って歩く日々が続いた。
しかし、落ち武者の足元を見られ、家宝は二束三文で買い叩かれる。
そのなけなしの銭を握りしめ、ようやく買えたのは、
まともな米ではなく、小石や泥が混じった家畜用の「クズ米」だった。
ある冷え込む夜。宿営地で、そのクズ米を煮ただけの惨めな粥を
すすっていた時のこと。
義直はいつもは城でかくまわれていて食事など生活費はすべて伊達持ちで
良い待遇であったがたまに、中目のところにも様子をうかがいに来た。
義直は、ボロボロの椀に口をつけると、顔をクシャクシャにして言った。
「まずいのー! ゲホッ、本当にまずいのー、これ!」
先祖代々の家宝を切り売りし、手に入った飯が泥臭いクズ米。
普通なら、惨めさに涙も枯れ果てるような絶望的な状況だ。
だが、義直のあまりに飾らない笑顔に、中目もまわりの家臣たちも、
張り詰めていた緊張がフッと解け、毒気を抜かれたように吹き出した。
「はい、本当にまずうございますな、殿!」
みんなで顔を見合わせ、やがて全員で「がははは!」と
腹を抱えて大笑いした。
家宝を失い、泥水をすすりながらも、
この主君となら笑って耐えられる。彼らの絆は、
どん底の中でこそ鋼のように強くなっていった。
一方で、大崎への援軍を乞うための根回しもまた地獄だった。
伊達の有力家臣の屋敷を訪ねても、中目は玄関にすら入れてもらえない。
ある屋敷では、「援軍が欲しくば、ここで面白い踊りをやってみせろ」と
広間の真ん中で嘲笑されながら踊らされた。
広間に響き渡る蔑みの笑い声。
中目の視界は屈辱の涙で歪んでいた。
奥歯がボロボロに砕けるほど唇を噛み締めていた。
そんな惨めな日々が、気の遠くなるような
「2年間(700日以上)」、毎日毎日続いた。
だが、その暗闇の中でただ一人、中目を
「一人の誇り高き武士」として扱い、優しく手を差し伸べてくれる漢がいた。
伊達家重臣、石母田(いしもだ)である。
他の屋敷で泥水をぶっかけられ、傷つき、
トボトボと歩く中目の姿を見て、石母田は己の屋敷へと招き入れた。
冷え切った中目の体に染み渡るような、温かい茶を自ら淹れて差し出したのだ。
「中目殿、本当に、よく耐えておられる。
あなたの主君への忠義、大崎を想う執念……
この石母田、しかと見届けておりますぞ」
石母田のその言葉に、中目は伊達の将たちの前では決して見せなかった
本物の涙を溢れさせた。
(この時、二人はまだ知る由もなかった。
この果てしない惨めさの最中に結ばれた二人の固い絆が、
遥か未来、中目家と石母田家が深い「親戚」として
結びつく運命にあることなど、今の二人には知る由もなかったのである)
そしてこの日、石母田は中目が帰る間際、大きな木箱を差し出した。
「大崎の皆々様で召し上がるといい」
中目が宿営地に持ち帰ったその箱を開けると、
中には泥など一切ついていない
真っ白な本物のお米と、立派な干し魚や山の幸がぎっしりと詰まっていた。
毎日毎日、クズ米を「まずい」と笑いながら食べていた大崎の一行に、
激震が走る。誰よりも目を輝かせ、
大はしゃぎしたのは主君・義直だった。
「うおおおおお!!! 米じゃ! 白い米じゃ!! 魚もあるぞ!!!」
義直は両手を上げて飛び上がり、まるで祭りのように大騒ぎし始めた。
「おい中目! 早く炊け! 早く焼くのじゃ! 宴じゃ、今夜は宴じゃーー!!」
ふっくらと炊き上がった白いご飯を口いっぱいに頬張り、
「うまいっ……! うまいのー、中目! 本物の米は、
こんなに甘かったか! うますぎて涙が出るわ!」
と顔をクシャクシャにして叫ぶ義直。
中目は、そんな主君の超はしゃぐ姿を、
愛おしそうに見つめていた。
外でどれほど惨めに扱われようとも、
この主君の笑顔が見られるなら報われる。
(殿。たまの贅沢ではなく、毎日この白い飯を腹いっぱい食える
大崎の城へ、俺が必ずお連れ戻しいたします)
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