天文3年(1534年)、大崎の地は突如として赤黒い炎に包まれた。
大崎家の正統なる当主・大崎義直が滞在していた本拠・宮崎城。
そこへ、2,000の大軍が急襲をかけたのだ。
軍勢の旗印を見て、義直は絶望に顔を歪めた。
反乱の首謀者は、身内である泉沢城主・新田頼遠(にった よりとお)。
だが、敵は彼だけではなかった。
あろうことか、
大崎一族であり古川城主の古川持熈(ふるかわ もちひろ)、
岩手沢城主の氏家直継(うじいえ なおつぐ)といった大崎家を支えるはずの
有力な四家老たち、
さらには義直の血の繋がった異母兄弟である
高清水城主・高泉直堅(たかいずみ なおたか)までもが、
反乱軍に名を連ねていたのである。
一族と重臣たちによる一斉蜂起。
それは義直に対する「完全なる拒絶」であった。
四面楚歌となった宮崎城内は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
「おのれ新田め、それに古川、氏家、高泉まで……!
貴様ら、いつか必ずその首を撥ねてくれる……!」
大崎家臣・中目兵庫頭(なかめ ひょうごのかみ)は、
血走った目で燃え盛る城門を見据えた。
寝返りが相次ぎ、城内に残された味方はわずか数騎。
もはや絶体絶命の窮地であった。
中目は、恐怖に震える主君・義直をその背に背負い、固く覚悟を決める。
「殿、必ずお逃がしいたします。……皆の者、俺に続け!!」
城門が勢いよく開け放たれると同時、中目率いる精鋭が敵陣の
真っ只中へ猛烈な速度で突っ込んだ。
「大崎家宿老 中目兵庫――押し通るッ!!!」
中目たちは矢の雨をかいくぐり、文字通り「押し通り」、
敵兵を左右になぎ倒しながら血路をこじ開けていく。
しかし、圧倒的な数の暴力が彼らの退路を塞ごうと迫る。
その刹那、中目は自らの馬を反転させ、裏切り者たちの軍勢の前に
毅然と立ちはだかった。
「殿! ここは私が食い止めます! 己らは早く殿をお連れせよ!」
中目が自ら人間の盾となり、鬼神のごとく敵を引きつけた
一瞬の隙を突き、家臣たちは義直を連れて宮崎の地を脱出することに成功した。
――だが、本当の地獄はそこからだった。
奇跡的に合流を果たした中目と義直たちは、
燃え盛る故郷に背を向け、
南へ約100キロ離れた伊達領の本拠・西山城を目指して
命がけの強行軍へ身を投じる。
その過酷な山道で、彼らの前に
飢えた山賊たちが「落ち武者狩り」として立ちふさがった。
「中目、守れ! 我を誰と心得る、我は奥州探題ぞっ!!」
義直が中目の背中で、震える声を張り上げ、
必死に大名としての威厳を保とうと空回りの叫びを上げる。
だが、ボロボロの着物を纏い、泥にまみれた彼らの姿を見て、
山賊たちは鼻で笑うだけだった。
「うるさいぞ、成り上がり者め!」
山賊の刃が容赦なく閃き、前方を遮る。中目を、
そして主君を庇った忠実な家臣たちが
次々と血を流して倒れていった。
仲間の亡骸を埋める時間すらなく、
中目は血の涙を噛み殺して進むしかなかった。
もはやこれまでかと思われた瞬間、
木々の闇から風を切る音が響き、山賊たちが声もなく倒れ伏した。
中目が影から密かに雇っていた忍(しのび)たちが、
主人の窮地を救うべく闇から現れ、追っ手をことごとく始末して消え去ったのだ。
夜が明け、人目のつかぬ隠れ家へたどり着いた時、
中目は静かに義直を背中から下ろした。
義直は、血と泥にまみれた自身の着物を見つめ、
あれほど虚勢を張っていた声は消え失せていた。
異母兄弟にすら命を狙われ、すべてを失った男。
彼は傷だらけになりながら自分を背負い続けてくれた
中目の耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえないような小さな、震える声でつぶやいた。
「……ありがとう。……中目」
それは奥州探題としての威厳ではなく、一人の人間として、
己の盾となってくれた男への偽らざる本音だった。
中目は何も言わず、ただ小さく首を横に振った。
(殿、その言葉だけで、私はあと何年でも泥をすすって生きていけます)
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