親戚である渋谷家の桑折城に到着した兵庫と黒川晴氏は、静かに伊達軍の先遣隊を待った。やがて、白銀の平原の向こうから、留守政景や泉田重光らが率いる伊達軍の精鋭、およそ1万に迫る軍列が地響きを立てて姿を現す。
兵庫は、城門を一切閉じることなく堂々と開け放ち、わざと隙だらけの陣形で出迎えた。武装を解いたかのように、城門の前で晴氏とともににこやかに微笑み、伊達軍を案内するかのような佇まいを見せる。彼らの表情には、敵を陥れるような卑劣な影はない。まるで長年の友人を迎えるかのような、穏やかで敬意に満ちた態度であった。
伊達軍は、この様子を見て「中目と黒川は完全に我が方に味方した」と確信し、何の疑いも持たずに桑折城の脇を素通りし、大崎方の核心部へと進軍していった。なお、中目家はもぬけの殻であったため、そのまま何事もなく素通りされることとなった。
遠ざかる伊達の軍列を見送りながら、黒川晴氏が苦悶と決意の入り混じった表情で兵庫を静かに見つめ、口を開いた。
「兵庫殿。我ら奥州渋谷の血筋が、この戦で消えてしまうのはあまりに惜しい。……だが、我ら黒川が動けば、この奥州の歴史が大きく動くことになる」
兵庫は黒川の眼差しにある深い覚悟を読み取り、あえて静かに問うた。
「……黒川殿。ならば問う。この戦の後、伊達を退けた後、我らはいかなる処置をとるべきか。後のことはどうお考えか」
黒川は不敵に、そして清々しいほどに笑った。
「あとのことはあとのことさ。今、この盤上の戦に勝ことのみが、我らの宿命よ」
その言葉に、兵庫は静かに頷いた。
「戦の世の常識を外れた戦略こそが、我らのような者が強者を翻弄する唯一の勝機を生む。我らは武人として、持てる策の全てを尽くすまでよ」
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