中新田城の手前で泥沼と大雪に阻まれ、這う這うの体で「新沼城(にいぬまじょう)」に逃げ込み、立て籠もった伊達軍。これを見た大崎軍の本隊は即座に動き、新沼城の周囲を幾重にも包囲して完全孤立させた。伊達軍は寒さと飢え、そして大雪によって城から一歩も出られない窮地に陥る。
この大崎合戦のクライマックスにおいて、決定的な役割を果たしたのが、味方として桑折城へ向かっていた中目兵庫であった。
兵庫は、大崎方の最大のキーマンである黒川晴氏の軍勢に合流。中目・黒川の連合軍1500は、新沼城に籠もる伊達軍を救うために米沢・仙台方面からやってくるであろう伊達の援軍を阻止すべく、南側の退路(現在の三本木・大衡周辺)を完全に封鎖した。これによって、新沼城の伊達軍は「前方に大崎本隊、後方に中目・黒川軍」という、完璧な挟み撃ち(袋のネズミ)の形にハメられたのである。
天正16年2月12日、包囲網が完成すると、大崎軍は猛吹雪に紛れて新沼城への総攻撃を開始した。
中目兵庫らの軍勢は、城の背後や外郭から怒涛の勢いで一斉に襲いかかった。伊達軍はどっちを向いても敵だらけの状況に加え、視界ゼロの吹雪の中で大パニックに陥る。特に大将の一人である留守政景は、自らの義理の父親である黒川晴氏が背後から容赦なく襲いかかってきた事実に、凄まじい大混乱をきたした。
激しい吹雪のなか、伊達の兵たちは次々と討ち取られ、戦場は血に染まっていく。さらに、大崎方の呼びかけに応じた最上義光の強力な援軍も到着し、形勢は完全に破滅へと向かった。
四方を囲まれ、兵糧も尽き果てて勝負ありと見た伊達軍は、ついに降伏を余儀かった。もう一人の大将・泉田重光と長江勝景の2人が「人質」として大崎側に捕らえられるという、伊達家にとって歴史的な大惨敗のなか、総攻撃の決着は幕を閉じた。
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